ピアノ&ア・マイクロフォン 1983 リリース記念 リレー・インタビュー。

今回のリレー・インタビューでは、音楽ジャーナリスト他、様々な分野でご活躍の原雅明さんにご登場いただきました。

原さんは、今年の春、自著を刊行されたばかり。

この中でも、プリンスとマイルスの関係に関しては、特に興味深く、今回は原さんに80年代以降にプリンスがジャズに及ぼした影響などについて、お答えいただきました。


■■■まず、原さんとプリンスの音楽との出会いについて、お聴きできたら幸いです。

原:僕は『Dirty Mind』が最初に聴いたプリンスの音楽なんで、ちょっと変わっているかもしれないですね。そもそも、その後のプリンスに繋がるようなファンクを好きになったきっかけは、ポストパンクやニューウェイヴを通してでした。ロンドンやニューヨークから登場した、ちょっと歪んでいて時に奇妙で都会的なファンクが入口だったのですが、たまたま耳にした『Dirty Mind』はそうしたファンクと繋がっているものとして入ってきたんです。デモテープ用の音源だと言われて、録音もちょっとチープで、いきなりシンセポップみたいな曲から始まったり、プリンスの王道を行くようなアルバムじゃないと思いますが、自分には引っかかるものがとてもあったのです。そして、このアルバムと出会ったことで、自分の音楽を聴く幅がすごく拡がったようにも思います。


■■■プリンスとマイルスの関係に書かれた章が興味深かったです。 原さんがお調べになったことによれば、プリンスはジャズ・ピアニストの父の影響ではなく、エリック・リーズやウェンディ・メルヴォワンやリサ・コールマンの影響で、後天的にジャズの音楽をとりいれていったとあります。 そのあたりを教えていただけますか?

原:サックス奏者のエリック・リーズは、プリンスのツアー・マネージャーやペイズリー・パーク・レコードの代表も務めたプロデューサーのアラン・リーズの弟で、1984年のパープル・レイン・ツアーの途中でプリンスのバンドに加わりました。彼は元々エリック・クロスという盲目のサックス奏者に師事していました。クロスはパット・マルティーノやジャッキ・バイアードらと共演して60年代半ばから70年代にかけて活躍した人です。だからエリック・リーズにはジャズの基礎的な技術はもちろんのこと、ジャズ・ミュージシャンとしての野心というものも当然あって、プリンスのバンドに参加したわけです。同じバンド・メンバーだったウェンディ・メルヴォワンやリサ・コールマンもジャズの素養がある人達だったので、彼らはプリンスにマイルス・デイヴィスなどの音源を聴かせたり、ジャズに興味を向かわせるようなことを始めたという話を、アラン・リーズが残しています。ジャズ・ピアニストの父とは確執もあり、プリンスはそれまでジャズに興味を持ってこなかったようなんですが、この頃から変化してきました。そして、実際にマイルスに興味を持ち、接触するようにもなった訳です。その辺りの詳しくは、ぜひ拙著『Jazz Thing ジャズという何か』をお読み下さい。


■■■プリンスが80年代中頃以降、ジャズに及ぼした影響について、教えていただけたら幸いです。  

原:80年代に復活したマイルスの音楽は、従来のマイルスのファンの間でも賛否両論を巻き起こしましたが(否の方が多かったかもしれません)、それは明らかにプリンスの音楽の影響下にありました。プリンスのような、さまざまな楽器が弾けて、プロダクション全般も一人でこなせる存在としてマーカス・ミラーを抜擢して、マイルスはアルバムの制作を進めていったわけですが、いまから思えば、ミラーの先にプリンスをずっと見ていたように思います。マイルスやジャズのリスナーが、プリンスの音楽に注目することは当時殆どなかったと思いますが、プリンスとマイルスが共演した楽曲“Can I Play With U?”がお蔵入りにならず、当初の予定どおりにマイルスのアルバム『Tutu』に収録されていたら、状況は変わっていたのかもしれません。このアルバムが出た当時(1986年)、プリンスもエリック・リーズらの影響でジャズに興味を抱いて、演奏もしていましたし、マイルスも遂にプリンスと制作することで、70年代のエレクトリック・マイルスの頃から模索していた、特にリズム面での次なるアプローチ、ファンクを超える何かをそこに見出そうともしていました。マイルスの未完の遺作『Doo-Bop』はヒップホップだけではなく、プリンスとの新たな録音も収められるはずだったと言われていますが、マイルスが最後行き着いたのはヒップホップと同時に、プリンスの音楽だったのは確かです。いまではプリンスの音楽を語るジャズ・ミュージシャンはたくさんいますし、80年代のマイルスがやって来たこともプリンスとの繋がりから再考され、それらの影響は現在のジャズに確実に及んでます。さらにアップデートするような音楽が表れてくる予感もしています。


■■■『Jazz Thing ジャズという何か』でも、紹介されていますが、プリンス関連の楽曲でいくつかジャズが感じられる曲をご紹介いただけないでしょうか?  

原:まずは何といっても、マッドハウス名義でリリースされたアルバムの楽曲だと思います。この頃(80年代半ば)はペイズリー・パークで、プリンスやエリック・リーズらが頻繁にセッションをしていましたが、大半はヴォーカルのないインスト曲です。しかも長尺の曲が多く、時には1時間以上に及ぶものもあります。残念ながら、それらは正規リリースとなっていないのですが、そのセッションから抽出されたのがマッドハウスのアルバム『8』と『16』だと思います。これらはぜひ再発をお願いしたいです。それ以外の楽曲では、『The Black Album』の“Rockhard In A Funky Place”、『Come』や『Rainbow Children』のアルバム・タイトル曲あたりでしょうか。それらはストレートなジャズではもちろんないですけど、80年代のマイルスも通過して、その後に登場したネオソウルなどジャズとも密接に関わるサウンドとも繋がっている音楽に聞こえます。


■■■9月に『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983』が発売になりますが、原さんがこのアルバムでなにか注目されている部分があれば教えてください。

原:例えば、『Parade』に挿入された“Venus De Milo”のようなプリンスの弾くキーボード/ピアノのタッチにはっとすることがあったんですが、それを全編楽しめるのかと思うと期待感しかないです。また、このリリースをきっかけに、まだまだ埋もれているプリンスの音楽が公になることも切に望んでいます。



プリンスの「Piano & A Microphone 1983」を聴く

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