ベスト盤しか持たない方への、もうワンプラス…プリンス 『オリジナルズ』【F's GARDEN -Handle With Care- Vol.42】by T-Kawa
私の周りに、昔からビートルズを赤盤・青盤しか持ってない人たちが、思うよりもかなりいました。ベスト盤は入口だ…と言う、説も有りますが、私から言わせていただくと、ベスト盤から買ってしまうと、オリジナル盤に広がるケースは稀になるかと。きっと大好きなプリンス殿下(以下、殿下)も、ベスト盤しか持ってない…せいぜい「パープル・レイン」など代表作だけ、みたいな方は思うより居る気がします。今日はそんな方にこそ読んで頂きたいテキストをお届けいたします。
ですので、ほとんどのアルバムを網羅してらっしゃるようなヘビーユーザーの方々には不向きな内容かと。このブログでもコアな殿下記事は、きっといつかSoulbrother No.2さん辺り?がキメてくれると思いますので、ここはお気軽にお読みいただければ幸いです。
本題に入る前に、軽くファミリーの思い出話しを。
ライヴの時に、よくアーティストがモノを客席に投げ込みますが、アレをキャッチした事は有りますか?洋楽ですと、今はもう無き新宿厚生年金会館大ホールで、チープトリックのリック・ニールセンが投げ込んだギター・ピックをゲットしたのが唯一です。もっとも彼はワンステージで100枚くらい投げ込んでいたので、“俺も持ってる!”率が高そうです。シーラ・Eの来日公演(1985年6月14日・渋谷公会堂)で前から2列目に陣取った時に、彼女が投げ込んだドラムスティックをあと10センチ先で逃してしまったのを、うん十年経った今も残念でなりません。でも、リックのピックも、友人の熱心なチープトリックファンにせがまれて、あっさりプレゼントしてしまったので、物欲なんてそんなもんかもしれませんが…。
シーラ・Eは殿下(&ザ・レヴォリューション)の初来日公演だった1986年9月の横浜スタジアム公演でも観ましたが、あそこで彼女を初めて観た方も多かったかと思いますけれども、長い脚で華麗に蹴り上げるシンバルのインパクトがあまりにも強烈で、私は昔も今も大好きです。エスコヴェード・ファミリーなる、彼女の有名なラテン・パーカッションのカリスマの父親(ピート・エスコヴェード)が仕切る、家族によるライブアルバムまで聴き込むほどでした。そんな彼女のソロでの最大のヒット曲が「グラマラス・ライフ」である事に、誰もなんの疑問も無いかと思いますが、次に好きな曲となると、意見が分かれそうです。私は「ホリー・ロック」という映画「クラッシュ・グルーヴ」のサントラに収められていた曲でした。珍しくラップパートで大半を占められつつ、パーカッションはやたら映えるナンバーでした。でも、所持していたシーラのオリジナル盤に収録されていなかったので、なんとなく忘れてしまっていました。
殿下が神の元へ旅立ってから、様々なアーカイブがリリースされ、それはそれでファンは嬉しい反面、どこか、存命していたら聴けなかっただろうな、という複雑な気持ちを誰しもが抱いていると思いますが、2019年も「1999」のリイッシュー他、重要なアーカイブが幾つかリリースされました。そんな中で6月にリリースされた、「オリジナルズ」は驚愕の一枚でした。先に挙げたシーラの「ホリー・ロック」も「グラマラス・ライフ」も、作者である殿下自身が歌唱もしくは演奏しているトラックが収められているでは有りませんか。
セルフカバー集やデモトラックスというジャンルは昔から有ります。その中で“他のアーティストへの提供曲で占められたセルフカバー集”を出せるアーティストは希有です。海外だとあまりピンっと来ません。国内ですと、なんといっても中島みゆきさんが複数枚リリースしていますし、竹内まりやさんの「リクエスト」、井上陽水さんの「9.5カラット」などが有名ですが、他にも尾崎亜美さんなどもあるには在ります。ファンにはとても便利な一枚ですし、それぞれヒットを記録していますけれども、シンガーソングライターが、ヒットチューンに成り得るような優れた楽曲を、そもそもあまり人に提供したりしません。もちろん、自分で歌うでしょう。殿下は、特にファミリーへは惜しげもなく、そんな高いポテンシャルを持つ楽曲を提供して来ましたし、なんと、そのガイドデモテイク(私の中では“デモ”は曲が生まれる本当に最初の瞬間のテイクなので、ここでは提供先に曲のメロディーはもちろん、歌唱のコツやアレンジ構成の理想なども伝えたい時に作るテイクは、“ガイドデモ”と呼び分けさせて頂きます)の完成度は、もはや、ガイドデモの領域を遥かに越えて、実に聴き応えの有るテイクだった事に、驚きを隠す事が出来ません…その音源を集めたのが、今回ご紹介する、プリンス「オリジナルズ」なのです。
提供した以上は自身でさっさとセルフカバーしてしまうこともなく(所属メーカーの意向が強いとは思いますが、意外と提供曲がヒットすると、さっさと自分もセルフカヴァー・リリースしてしまうアーティストさんは多い気がします。が、…昔、小田和正さんが鈴木雅之さんに提供した「別れの街」という曲が大ヒットして、小田さんはライヴではセルフカバーしていたのですが、レコーディングはしませんでした。そのことを小田さんに“なぜ自分でも録音しないのですか?”と伺う機会があったのですが、小田さん曰く“あれはマーチンの為に書いた曲で、彼も凄く大事に歌ってくれているから、もうあの曲は彼のもので良いんだよ。それを今更自分で録音するようなマネはしたくないんだ”というようなニュアンスのことをおっしゃっていた記憶があります。音楽仲間との固い絆、強いプロライター意識…そういうことは、もしかすると殿下の中にもあったのかな?など、今は想像するしかないのですが…)。レコードメーカーのコピー通り“プリンスの裏ベスト・アルバム”…つまり、ベスト盤ともう一枚プラスでコレクションしていただければ、このアルバムも便利かつ末永く楽しめる1枚であることは間違いありません。
少し内容に触れていきましょう。一曲を除き、殿下が81年から85年までに録音されたもので、大ブレイク作「パープル・レイン」前後の超多忙な、アドレナリン全開だった時期にレコーディングされているナンバーばかりだという点で、大きな価値があります。ましてや、自分ではリリースして来なかった、大ヒットを含む提供曲ばかりであり、海賊盤等でその存在はファンの間では知られてはいましたが、こんなクリアな音源で聴ける日が来ただなんで、本当に驚きです。
冒頭に記したシーラ・Eへの提供曲はもちろん、ファミリー最大派閥のザ・タイムに提供した大ヒット曲「ジャングル・ラブ」、アポロニア6の「SEX・シューター」、ファミリーという位置付けではないけれども、全米2位のビッグヒットになったバングルスの「マニック・マンデー」など次々と有名曲のオリジナルバージョンが聴けるのです。
もしかしたら、あまり聴き馴染みの無かった楽曲としては、大御所ポップスシンガー、ケニー・ロジャースに提供していた「ユア・マイ・ラブ(You're My Love)」のオリジナルが聴けたのも個人的にはかなり感動しました。ケニーのテイクは当時も今も、“作者の個性が生かされてない”的な批判が多かった気がしますが、本当に美しいメロディーなので、ケニーのAORっぽい洗練されたテイクも私は大好きです。これを機会にケニーのテイクも逆に聴き比べて頂ければと思います。
レボリューションズのベーシスト、ブラウンマークがプロデュースしていた、マザラティ(Mazarati)にはそもそも「Kiss」を提供していたのだけれども、その出来栄えに殿下がNGを出して、結局、自分でレコーディングしてしまったのは有名な話し。マザラティの「Kiss」のデモはYou Tube上に流出しているので聴いた方も多いかと思いますが、プリミティヴなナンバーなので、曲本来のグルーヴを醸し出すのはかなり難しい楽曲でしょうから、まぁ、確かにNG出されてしまうかな…というトホホな出来でしたが、「100 MPH」は個人的にはマザラティのテイクも悪くない気がしていました。でも、これも殿下のガイドメロのアンサンブルが素晴らしく、そのままバンドで演奏しやすかったのだろうと想像に難くありません。
ザ・タイムのセカンドに収録されていた「寂しいジゴロ(Gigolos Get Lonely Too )」もさほど認知は高くないかもしれませんが、モーリス・デイのまさに寂しいジゴロっぷりも好きでしたけど、殿下のエモーショナルなオリジナルも、本当に歌声が素晴らしく、徐々に音圧が上がって行くドラマティックなアレンジングも、さり気ない美メロ楽曲を価値ある一曲に仕上げている辺りは、既にこのガイドデモで完成の域に達してしまっていたのだと把握することができます。やはりガイドデモの領域を軽く逸脱してしまっているんだという事がここでもよく分かります。
プリンスが直接手掛けたザ・ファミリーに提供した「愛の哀しみ…ナッシング・コンペアーズ・トゥー・ユー(Nothing Compares 2 U)」が、シネイド・オコナーによる神々しいまでの素晴らしいカヴァーにより、世界的大ヒット曲となり、それを受け殿下自身もセルフカバーしてライヴ盤やベスト盤にも収録されているのは周知の通り。なので、今回の未発表ガイドデモトラックスというコンセプトからすると、ちょっと外れてしまいますが、経緯的には無しではない&この曲が最後に収められる事によって、アルバム全体が引き締まったという点で、やはり外せなかったと言えます。この際、ついでにチャカ・カーンが取り上げて大ヒットした「アイ・フィール・フォー・ユー(I Feel for You)」も40周年でサプライズ配信されたデモアコースティックヴァージョンをここにボートラ的に収録してくれていたらもっと良かったなぁ、なんていう空想は望み過ぎてますかね。もっとも、これこそ正真正銘のデモなので、私が最初に定義したガイドデモの概念からは逸脱してしまいますね。おあとがよろしいようで…。
オマケ
「オリジナルズ」デラックス・エディションの日本盤でも読むことができますが、「オリジナルズ」に関して、この時期に殿下のそばに常に存在していた人物…スザンヌ・メルヴォワンの最新インタビューがこのサイトでも一部読めます。デラックス・エディションもいつか手に入れたいです!
T-Kawa
音楽が好きすぎて、逆にノンジャンルな趣味性のオヤジです。
2万枚のCDに囲まれてる自宅より、ここでは誰もが知ってるメジャーアーティストの名盤を抽出して、“あ、そんなのあったあった”と想い出していただけるようなご紹介をして行きます~。
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